2009/05/04

追悼

09050301_imawano_kiyoshiro_00jpg忌野清志郎が亡くなった。ガン性のリンパ管症だったそうだ。色々な人がその死を悼んでいた。

僕は枕元にいた彼の子ども達のことを少し思う。ちょっとガランとしてるだろう。死の理由について
少し考えたりするだろう。でも何となく、そこから巣立って行くはずだった自分なのだから
いつまでもいるものではないのだからと自分にいい聞かせながら、お酒の飲み過ぎだとか、タバコの吸い過ぎだとか
そんな風に合理化してしまうだろう。僕がそうだった、忌野清志郎の少し前にもう一つの死を見ているから。前の年に父をなくしたときの僕が、そうだった。

母が気丈にその困難に立ちふさがっている間、僕はただボーッとしているだけだった、死の理由について
考えていた。人は何のために生きてまた死ぬのか、それは判らない、でもただ一つ母と僕と父は
まぎれもなく家族で、僕は妻という家族を得る僥倖を得た。父の元に家族が集まって
静かに棺を見守る一夜を得た。僕は思う。きっと、清志郎の家族も、そのような家族だっただろうと。
ロックファンにとって特別な人だが、ガンにあらがう命の最後の輝きの元に、家族はそのような思いで
清志郎の元に集まったのだろうと。

ロックファンとして、清志郎がくれた幸せに感謝するとともに、ご遺族、ご家族の気持ちを推して
健やかにお過ごしいただけるよう、お祈りしたい。本当に、残念なことでした。

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2009/05/02

朝の連ドラ

朝の連続ドラマ「つばさ」を観ている。主人公の母親は、40にしてCMに出たのをきっかけに
子どもを置いて家を出て、あらゆる事業やら何やらを興してはつぶし、結局借金を作って
家に戻って来ると言う・・・遅く来た青春とやらで大変主人公に混乱を引き起こすという話だ。

そのお母さん役を高畑淳子がやってるんだが、これがハマり役、「白い巨頭」東教授夫人役や
「篤姫」本寿院役で見せる強大な権力を無邪気に信頼し、享受している様の演技が印象的だった。
そんな高畑淳子が、このドラマでは、今度は人生への無邪気な信頼を演じている。

そう、若いということ・・・何と万能で、強大な権力なのだろう。何をも可能にし、何をも従える。

高畑淳子演じる母親は子どもを捨てて家を出たことを悔いながらも、何やら子どもが
家からその世界を広げようとする様を観ながらどこか嬉しそうだ。世界を若さで従えようとする、
誰にでもそのような時期が人生に存在する、どんどん従えなさい、後悔しても、しなくても・・・。
高畑さんの演技は、そう言ってつばさと翔太の若さを祝福し続ける。今はその無邪気さを、全身で信頼しなさい、と。

愛の告白に破れて傷ついた娘を、高畑はえらい、よくやったと抱きしめる、ダメだよ、失敗だよ、と嘆く娘に
いいのよ、失敗は成功の元、失敗は成功の元なんだから。

僕らは若くはないかもしれないけど、僕らは知ってる、失敗は成功の元なんだと言うこと。

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2009/04/29

徒然の記(ジェフ・バックレィなどを思いながら)

5166xbrzk3l_sl160_aa115_jpg懺悔だと思って、聞いていただきたい。音楽コラムのように書いてきたつもりのブログだが
まあ、今更言うまでもないけど、音楽なら何でも公平に書いたりしないし、人様の好きなものを
粗末な一言で切り捨てることもあって、その時はむっとされたりすると思うが、そもそも
その時に盛り上がれるものについてしか書けないと思うし、そうでないものは変な書き方すると思う。
で、それはイヤなので、ちゃんと文章を書くところまで盛り上がれるものについて、ちゃんと
自分の中で決着が付けられるものしかブログには書かないことに決めてしまったので、
ブログの更新は、どんどん遅れていた。書かなかった言い訳である。

この前某テクノポップ、インスタレーション系のアーティストの件でわりと名前だけで話をしてしまい
ファンの方にやんわり怒られた、実に、自分が悪いのだ。ROのSさんに昔メールをいただいたことがあり
ジェフ・バックレィのことをエモと書かれていた、そのことに噛み付いたことがあったのだが、勿論
Sさんは知識もあって優しい方なので、申し訳なくも謝ってくれたりしたのだが、今考えると
実に、そのおかげでエモをジェフ・バックレィの文脈で聴くことができたり、それはそれなりに
自分の音楽世界が広がったのだ、今では感謝してる、だからインスタレーション系の人も
ちゃんとしたことを言えたはずのところを狭量だったな、と反省している、と言うか、

好きなものはもっと掘り下げなくちゃあなあ(いや、掘り下げてるけど)、Sさん、今思えば
どうもありがとうでした、そう言うジャンル分けはイヤだけど、でも自分にジャンルを超えさせたのが、
あなたです、そんな風に思ってる。

ジェフ・バックレィはそんなわけで、もうレコードは増えない、残された言葉もほんのわずかで
レコーディングされた音源もあらかた尽きた。もう掘り下げられないけど
自分の人生の中で聴いた回数だけまた掘り下げ続けるに違いないのだ。

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2009/04/25

Never Looking Back @ 富山ソウルパワー '09.4.25

1jpg会社の人がベースを弾いているバンドのライブを観に行った、富山には珍しくツアーバンドが
奈良と長野からやってきて対バンすることになったので、会社の人も「緊張する・・・」と言っていたが
メロコア、エモ、パワーポップとバラエティーに溢れていて、なかなかよいものを見させてもらった。

見始めたのは富山の高校生バンドから。荒削りだが、まだ荒削りだ。でもロックってこの熱気だから、
それはそれで良かったのかもしれない。見ながら、どうだったかな、高校生の女の子が沢山来ていたね。

後はメロコアだったり、ハードロックだったりなんですが。ヘビークラウドというバンドは長野からの
バンド、パワーのあるトリオ編成のバンドで、ベースの人がヴォーカルを取っていて、ヴォーカルの人の
叫び上げるスタイルの歌い方と、ギターの人の鬼気迫る演奏で、確かにフロアには、人数はいないものの、富山のオーディエンスも
とても楽しんでいた。というか、迫力のある演奏に尽きたね。

洋楽スタイルのパワーポップを演奏するNever Looking Backというバンドは初めこそ、その
ストレートと言うか、直球のバンド名で、さあどうだろうと思ったけれど、はじめての富山公演、
ヴォーカルの人がちゃんとステージから会場に語りかけ、ライヴをリードする意思表示をして後は
キャッチーなフックがあっという間に曲が観客を捕らえた。ツインギター、3人でコーラスがとれるのも良かったし、
それに、ルックス的に一人、後ろに下がっているギターの人が前に出たり下がったり、しかも一人だけ
Tシャツ1枚とジーンズでどことなくミック・ロンソンを彷彿とさせてる・・・というキャラクターが
特に王道パワーポップバンドのイメージにぴったり合っていて、これでこのバンドは
パワーポップのバンドとしてはかなり成功してると思った、いや、独断的言い方だが、・・・うまく言えないな、でも自分、

物販で結局Never Looking BackのCD買いました。自分好きな力強い演奏と耳に残るフックに
満ちていたけど、・・・音はあまり良くなかった。でも、いい、自分の好きなNLBはきっと
ライヴでは今日見たようなNLBなのに違いない、ヴォーカルがぐっと観客をつかんで、メンバーが
皆でハーモニーしながら、後ろのギターの彼がぐっと前に出ては世界を引っ掻き回すんだろう、
なんて痛快なんだ、それはCDでは聴けないライヴで見れるNLBなんだと思うことにして、
次のNLBのレコーディングを待とう、

そのくらい、この先が聴きたいバンドだと思ったのだ。というか、日本にこんなパワーポップバンドが
いたのか、という嬉しい驚き。褒めすぎただろうか。でも
たまにそういうことがないと僕のロックは痛快でない、僕を、引っ掻き回してくれ。

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2008/06/01

Whiskeytown / Faithless Street

41e1s8x4f0l_sl500_aa240_オルタナカントリーを一時期ずっと聴いていた頃があった。サンヴォルト、ウィルコ、そして
ウィスキータウン。今ではヴォーカルのライアン・アダムズがソロで精力的に作品を出している。

ウィスキータウンの1枚目は昔新宿のヴァージンメガでディスプレイされていた彼らの3枚目、
Pneumoniaを試聴して立ちどころに惹き付けられたからだった、その抜けるような青空を思わせる
いくつもの曲、その青空を自分はここに持ってきて、ずっとラジカセで聴いていたのを思い出す。
それは、その時に一番輝いていたメロディーだった、誰も友達のいないここ富山で時間も関係なく
ただ働いているだけの自分に与えられた最後の楽観性だったと思うし、今日の暮らしが将来
必ず来るのだと、自分に語りかけ約束する唯一のメロディーだったのだと思う。

そして今、久しぶりに彼らのアルバムを聴いている。彼らの1枚目、Faithlesss Streetは
男女ヴォーカルがカントリーロックの伝説の人グラム・パーソンズのそれを思わせるようなサウンドで
荒削りでまとまらないけど音楽の楽しさに対して純粋な気持ちで在るようでそして
カウボーイハットをかぶった伊達男は、決して後ろは振り返らないのさと言っているような、
そんなアルバムのような、そう言う気がしてる。

自分の中のカウボーイは、こうも言っている、結局今の楽しみの積み重ねが明日という日なんだと、
きっと想像もしなかった明日があの頃のように約束通りやってくるのだと、そう言っているようだ。

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